大学病院受診

 

前の職場だ。今も同じキャンパス内だから、職員駐車場利用で、快適なアクセス。 


懐かしい通勤路を歩きながら、外観写真と空と雲をぱしゃり。今日の日のことを記録したかったから。 
誰かに合ったら挨拶すべきか、どうかと悩みながら入ってみると…  
ボランティアさんに気付かれない!気づいてない!総合案内のお姉さんだけ、覚えててくれましたー^^ 

むこうからしたら、患者としてきているということは、微妙なことなのだろう。 
受付待ち時間で、ATM2か所で記帳。

待ち時間を無駄にしたくないという気持ち。こうゆうところ、せっかち。

 
椅子が満席だったようで、おじいちゃんが近くに来たところで席をたつ。私えらい。

 
やっと診療科についたのは1時間後でした。案内された通りの時間に来ていたら、大変なことだった。 
診察前に、採血、採尿、レントゲン、心電図、マンモ。  
心電図で横になるの気持ちよかったー。あっという間に終了したけどそんな早くていいんだ。

 
受付のお姉さんで接遇のなってない人がいてメモ見ない、手元も雑だったけど、その隣の人は、すばらしかった

イラッとしているおじいさんに、笑顔と、丁寧にカードを受け取るしぐさで、一瞬でイライラをおさめていた! 
名前が見えなかったのよね。 

テキパキ働く看護師さん、技師さん、案内も的確で、(私が院内のこと知っているというのもあったやろうけど)わかりやすかった。 待つ気になれた。 

先生は、めっちゃ肌きれいな人やった。男の先生。若いからか?健康だからか?「丁寧に説明したいので」と、何度も言われた。いい人そう。そして、忙しそう。 
毎日こんなお仕事をしてるなんて、ハード。 
そうそう、出発前、忘れ物!と思って家に帰って処理したのだけど、よかったわ〜あぶなかった。 

めんどくさいのよね。なぜ髪の毛は美しさの対象で、脇は汚らしいのか。不思議だ。

レントゲンの使い捨てエプロンにはおどろいた。こんなものが。

一枚のコスト…大変だな。

胸のレントゲンでは、技師さんは体に手を触れないよう、言葉で説明して、こちらが姿勢をとれるまで、ちゃんとまってくれた。

さわられたとか言われないように、気を使ってるんやなーって。

撮影時以外は、できるだけ見ないようにしていた。視線もあわなった。大変だ…。 

診察に戻って、エコーもしてもらって、本日は終了。14時すぎだった。お会計は、かなり待ちそうな番号だったので、サンドイッチを買って、最上階の展望スペースでランチ。
いい眺め。とても気分がよかった。 
院内は絵が飾られてたりするけど、やっぱり無機質で、緊張するんだ。 
開放的な場所で、ホッと一息。 

 

たぶん私は心の中で、「緊張してはいけないゲーム」をしていたように思う。ぜんぜん平気、なふりをするのだ。結構うまかったと思う。強がりなのだ。緊張しない方がかっこいいと思っているんだろう。

これは、初めてここに来た人は、ど〜っとつかれるだろうな。前働いててよかったな。今も近くで働いててよかったな。なじみのある場所というだけで、勇気がでるのだろうか。

オンコロジーセンターも行ってみた。 
案内がなかったのが残念。事前にホームページ見て長い廊下を進み、エレベーターをあがり、向かった。

とてもいい場所だと思った。普通は、初診でここまで来ないだろう。

 
私が、入ってしばらくすると、声を掛けてくれて、距離感も適切だった。 
おすすめといって渡してくれた本を読みながら、(おもしろおかしく書いた体験記みたいな本)待つこと一時間。 
相談が終わってすぐ、こちらに来てくれた。 

正直あまりショックを受けてないこと、旦那に話せてないこと、子どもへ話すタイミング、今後のスケジュールがまだわからず、もやもやしていること など、談笑のような時間をすごした。 


「旦那さんは、繊細そうなので、わかったことから、少しずつ話した方がよさそう」ということだった。言わない期間が長いと、聞いたときに無力感を感じるそうな。 
なるほど。 
今日伝えよう。 


子どもには、その都度その都度、必要な時に、絵本を使ってもよし、伝えていくのも、だまっているのも良いという意見だった。 
子どもは「死」がこわいから、母がいなくなることが恐怖だから、病気とそれが、直結しないような伝え方がいいのではないかとのことだった。なるほど。納得できる。 
焦らず、タイミングがくるまで、伝えるのを遅らせてもいいかもしれない。 
感のいい長男が気づく前に伝えてあげたいなとも思う。 

本の貸出もしていた。なんと私の職場から学内便で返却できるそうだ。便利!! 

いろなことを、肯定してくれる相談員さんだった。 
食事療法もいろいろあるけど、少しだけ変えてみたらそれでいい。 
冷静で、ショックを受けすぎていないことも、いい。 
PTAも、学童の役も、負担でなければ、続けても大丈夫とのこと。 

診断が下りた人には、この場所を早期に紹介してあげるといいのになと思った。 
きっと、必要な人が沢山いるはずだと思った。 

不幸自慢でなければ、交流会サロン楽しそうだ。 

さて。これから、検査が3種類。予約が5つ。 
今わかっているのは、ステージ2あたりかなということ。しこりは、2.5〜3.8cmあること。(3つに分かれているため。一番大きなものと、3つを一組として図ったときで、差が出てる)転移はしてなさそうな感じがするとのこと。 

しかし、どんだけ待たされるかと思ったけど、検査のおかげで、あっという間に終わりました。合間に生活部のお仕事割り振りや、PTA会議の報告を携帯で済ませることもできました。 

院内のサインも見やすくなっていたし、地震の影響は見られたけど、会計もクレジットでできて、満足の受診でした。 
次は、MRI 造影剤ってどんなだろ。どんな味。くるしいかな。どんな建物か、どんな院内か、看護師さんどんな人かな。楽しみ。

自分見つめの、はじまり。

JUGEMテーマ:

 

病院に行く前、友達とスタバでお茶。車で行けて、近場でとなると、いい場所だった。 

看護師をしていて、同級生がなくなった経験もあり、緩和ケアなどでの勤務経験も。東洋医学や気功など幅広く知識をもっているお友達。 

病気を告知されて、あまりショックを受けていない、他人事のような自分がいることから話は始まり、自分への無関心を指摘される。無関心は、愛と真逆。 
自分を大事にできることが、病気と戦っていく、治療をはじめるにあたって、大切になってくること、それができていないと、治療の途中でもういいや、とあきらめてしまう可能性があることを話ししてくれた。 
確かに、自分のこととなると、めんどくさいとか、億劫だったりする。 


愛は、自分を満たされてこそ、周囲にあふれるもので、自分が空っぽだったら、それは、条件つきの愛である可能性もあるようだ。 
生きてるだけで万々歳。息をできていることだけで十分すばらしいこと。自分が自分そのままでいいところも悪いところも(陰と陽)合って当たり前。いいところだけ残そうとすると、自分がなくなってしまうとのこと。 

そのままのあるがままの自分を認めて、肯定できること。 
完璧を求め続けることは、完璧などないのだから、自分で自分を苦しめていることに気付くこと。 
完璧主義は、身近にいる人にとっては、迷惑きわまりないこと。 

自分の普通は、実は「やりすぎ、がんばりすぎ」であること。 
それがずっとそれで生きてきているから、根本は幼少期にあるのかもしれないということ。目が悪くなったのは、見たくないものがあったからで、視力はよくなるものであること。 
病気になった細胞も、自分の一部。 
このことは、毎日の積み重ねの結果であること、病気が教えてくれること、伝えようとしてくれていること、自分が変わる分岐点に今いること、 

いろいろ話をして行く中で、やっとこぼせた言葉。 
病気であるということを聞いて、ホッとした自分がいること。

やっと、ちょっと休めるかなと思ったこと。心配してもらえること。

平日昼間、自分一人ですごす時間がほしいこと。

子育てはとても興味深いしおもしろいものだけど、それに対しても自信がなく、私の手を離れて、もっと専門家や、知識経験のある方の方が、子どもたちを上手に育ててくれるんじゃないかという考えがどこか片隅にあること。(私の完璧主義の一端でもあるかな。) 

これから先長い人生を過ごしていくときに、今のままでは苦しいだろうこと。 
自分自身と向き合って、あの時はこう思っていた、こんなことがあったと、伝えること。言葉にしたり文字にしたり伝えたりすることが、開示になり、楽にさせてくれることもあること。 

これから、お友達のセッションを受けてみることにした。

自分と向き合うのはものすごく大変なことが予想されるし、一人ではたぶん無理。やりとげられない。 
力を借りて、自分の奥底で蓋をとじたところを開いて、まとめて自分を好きになれる日がくるとしたら。 
楽しいと思うことも増えるだろうと思う。 

素直になること。自分の理想や、こうあるべきという自分で作ったルールをとっぱらっていくこと。

 

「じゃぁ、それ、今も言われてる?」自分を縛っているのは自分。指示しているのも自分の意思。 

私のために、がん細胞に変身して伝えてくれてる私の細胞にかわいい名前でもつけようか。悪者にするのはかわいそうだ。がんちゃん…もっとかわいいのがいいな。ちょっとかんがえよ。

心と体のつながり。

 

予約日は、2日後だった。かなり早く予約を取ってくれたのだと思う。
ふるかわクリニックはマンモのデータがアナログやから、阪大でもう一度とりなおすことになるだろうと言われた。MRIも受けるのではないかとのこと。
針刺して、組織診した時から、痛むようになったが、針を刺したのが原因か?と聞いたら、

「乳がんとわかると、痛くなってくる人が多い」とのこと。

針を刺したことも原因だけど、私が、患部を意識していることも原因の様子。


心と、体のつながりとか、思い込み、思考とのつながりってすごいんだなって思った。
先生と話をしている時も、ちくん、ちくんと、痛みがあったけど、自宅に帰ると痛みは減っていた。
 

乳がん、確定。

 

前回の受診から一週間後。
組織診の結果を聞きに行ってきました。

赤と青のモザイクみたいな写真が二枚並んでいて、陽性と書かれてました。
先生は、「結果陽性でした。乳がんですね。クラスが5です。」と、説明してくれました。

「え、5ですか?」と、少し驚いた私に、「ステージとクラスは違うからね。」と、おっしゃいました。
紹介予約を取るか、紹介状を今日持ち帰って、予約外で受診するかと聞かれたけど、
どの先生にを希望したらいいかわからなかったし、先生も、ご年配で、よく御存じの先生はもう教授など上の方の方になっているようでした。
紹介予約でとったほうが、適切な先生に見てもらえるのではないかと考え、病院を通じての予約をお願いしました。

がんが確定したこと。今後、手術や通院などとなっていくだろうこと。を聞き、
あっさりと、診察は終了した。
先生は、やっぱり といった様子だった。

病院から出て、友達にメールした。
両親は、ログハウスに宿泊するから、今日は電話はつながらない。
朝、母が、結果は出たか?と電話をくれていた。
私は、「急を要するような病状なら、電話くるだろうし、組織診したからといって、だいたい良性みたいだよ」と伝えた。母も、一週間気にしてくれてたんだと思うと、心配かけたなと、思うのと、さらに悪い結果を伝えることになったときの不安がわいた。

旦那は、きっとうろたえるだろうと思ったし、私がその場にいない状態で、その話をして、子どもたちにイライラをぶつけたらいけないと思ったので、「今から帰ります。あやしいので、阪大病院を紹介してくれた」とだけ、伝えた。義両親にも、午後になってLINEで同じようにつたえ、「子供の前では話をださないでほしい」ことを追記した。

きっと、これで、心の準備をしておいてくれるだろう。

それから。学校の方だ。

学童の係でキャンプ班をしている。これがなかなか大変で、昨年班長だった私は、今年はフォローにまわっている。

頼りになる方1人にだけ伝え、部屋割りの配慮や、今後の準備についてのフォローをお願いした。
保険会社で働かれているだけあって、情報を漏らすことはない。
「救護担当」という役割を付けて、別室にしてくれた。
キャンプが近づくにつれ、スケジュールの変更が必要になってくるだろうので、パソコンが使える人を聞き、データを共有した。

 
PTAは生活部長をさせてもらってる。
分担はしているが、その都度まとめ役は必要になってくるかと思う。
会長に、部長が病気になった場合、通常かわりの決定などどのようにするのかを聞いたが、

「無理されないように。できることは私しますから」とのことだったので、(あ、続投か。できる限り続けよう)と思った。

担任の先生にも、はやいうちにお伝えしておく必要があるだろう。
子どもたちにはどのタイミングで、どのように伝えようかと、これが一番心配で、気がかりなところ。
私の変化に気付いて、不安があったり、なにかサインを出した時に、先生方にはキャッチしてほしい。

長男は、教育センターの相談も、今後、どのように連携していくか、いろんな場合を想定して話をしていく必要があるかなと思う。
大人になるまで私が見てあげれないとき、長男の個性を大切にして、能力をのばし、自己肯定感を高くもてるよう、専門家のフォローがほしいところ。
旦那や、祖父母だけでは不安だ。

次男についても、同様。繊細で、表現が豊かで、ルールを順守するところや、こだわりも最近出てきて、長男とはまたちがった個性と、賢さをもっていると思う。

職場へも、ご迷惑かけることがでてくると想像される。
とりいそぎ、総務の仲の良い方にだけ伝えた。今後、どのタイミングで、どのように上司に報告するかを、相談するためだ。仕事は続けながら、治療を並行したいが、収入がへってしまうことが心配。 

乳がんとの出会い

2年前

たまにピリッと針をさすような痛みがあって、視触診は受けていたけど問題なし。

数か月前から?

なんとなく、左胸に筋?乳腺?がはってるような、胸コリのようなのがあって。

「胸コリ」「乳腺症」「ホルモンバランス」とか検索。すぐ検索リスクを検索!

でも、とある健康フェアで、乳がんの模型を触ったことがあって。パチンコ玉のような硬いしこりだったから、自分のコレは、ぜんぜん違うわ!って勝手に診断。

 

でも、以前の「なにもなかった普通」とは違うような気がしてた。


ある日、大雨で長男の習い事がなくなり、なにも予定がない一日がやっと来た。

ちょうどその数日前、肩こりに似たツーンとした痛みがあって。

昨日もやっぱり、寝る時になんだか寝返りをうちたくなる程度の違和感があって。

大雨のおかげで、やっと乳腺外科を受診したのです。 

大きな病院は、選定療養費が気になったので、仕事帰りにも受診できるクリニックへ。 

 

ベテランの看護師さんばかりだった。 
マンモとって診察したら、「なんか、固そうだね〜」とのこと。 

脇の皮ひっぱられて、丁寧に板に胸を挟み込んでいく。脇の皮が痛かった〜。

でも、予想してたほど挟まれるのは痛くない。


エコーしてもらって、念入りに画像保存されて、大きさを図ってくれた。 
「うすっぺらいな」「気になるなぁ。気になるなぁ」「これはなんだ」とつぶやく先生。

子どもは何歳だとか、話をしながら診察は進み、細胞診をすることに。 

注射器でてきて、ひぃぃ!なったけど、エコーで場所を確認して、すっと針は入って、「ここですね。」「あ、もうちょっと、奥ですね。」と、言ってる間に、看護師さんの手元で、すこすこ空気の音がしてた。「ひきますねー」の声。きっと、細胞が取られた。 
びっくりするほど痛みはなくて、絆創膏は被れるから、とるようにとか、優しく説明しながら、ふいてくれた。 

そうそう、脇の下のエコーも。視触診では固そうだけど、エコーだとそうでもないと言ってた。 

一週間後、検査結果を聞きに来てねとのこと。 
一週間?!な…長い! 
「そんな、悪い感じじゃないんですよね?」と、聞いたら、 
「ん〜。悪い感じかなぁ〜。」と。

えぇ?!と思いつつ、説明を聞く。 
やわらかい胸の付け根が片方だけ白くなってること、 
黒い穴の中に白い細かい点が見えていて、「石灰化」と、先生も看護師さんも言ってた。

終わって外に出ると、旦那にどこまで今日の報告をしようかと考えた。言わない方がいいと思ったので、「結果は一週間後また聞きに来てだって」とだけ、伝えた。 
先日あった地震の時、家に近寄るだけで怖いと言っていたメンタルミジンコの旦那だから、きっと一週間不安にさせるのはよくないとおもった。 

子どもたちのこと、思い浮かんだ。

もし、乳がんだったら、さっさと切除してもらおう。

子育てに乳房は必要ない。

結婚もしたし、授乳も終わった。

役目は終わっているのだ。

残すと不安が残って後々に影響しかねない。 


医療保険は…入ってない。この前、旦那名義の契約を変更した時、手間取って、自分の医療保険の話まで聞けてなかった。あーおしいことした。提案までしてもらっていたのに!凹 
ま、しょうがないね。 
健康保険や、高額医療保障があるしと、想定して、加入しなかったんだから。 

でも、母親には伝えたいし、声がききたいな。 
電話すると、父だった。地震や大雨の話をして電話を切った。 
薬局から帰宅した母が、電話をかけてきてくれた。

嬉しかった。 
地震の片付けのことや、大雨の話をした後に、今日のことちらっと話した。

「専門のところにいって、一発で分かったほうがすっきりしていいから」と伝えた。 
ホルモンバランスの関係とかあるみたいだけどねぇと、母がいってた。 
検査に行ったこと、伝えられてよかった。言えた。 
前の私ならきっと、結果が出るまで言わなかったと思う。 

誕生日おめでとうって言ってもらえて、「誕生日って、もう自分の年齢もはっきり覚えていられなくて、もう、自分の誕生日というより、生んでもらった記念日という感じ」と伝えた。

もし、乳がんだったとして、乳房を切除することになったら。

健康に育ててくれた体を、傷つけることになってごめんなさいと思った。 

ばーっといろんなこと思ったけど、自分のことより、周りのことを考えてる自分に、らしいなと思った。 

こうゆうとき、正直に真実を話せる友達が1人いる。ありがたい。