家庭倫理の会主催の子育てセミナーに参加

JUGEMテーマ:こころ

 

子育てセミナーにお誘いを受けて、参加してきました。

 

主人をたてること、

主人に相談すること、

などを軸に話を聞いて、個別相談をしてもらいました。

 

相談内容は

・主人を許すことが不安

・子どもに夫婦二人で厳しくあたってしまうこと

・自分がさみしいこと

 

いまのつらい現実をつくってきたのは、私。

私が、家の中で男の役目もすることで、ちゃんと、ちゃんと、と、守ってきた結果、

今までのつらい事柄が起きていること。

 

故に、私が、間違っていたこと。

つらい事柄を持ってこさせてしまったのは、私だったこと。

それを、ゆるしてほしいこと。

 

私が間違っていた というのは、言われたとき、否定した。私は間違っていなかったと。

「でも、その結果今があるでしょう。ということは、過去のあなたの行いが間違っていたということです。」

そういわれると、納得がいった。

 

今日、主人に伝える。

勇気がいる。一つ許したら、すべて崩れていきそうで。

でも、それでいいのだと。主人を許すことは、自分を許すことにもつながるのかな。

 

私がいる家族を、たてなおすスターとになる。

今許すことで、これから、穏やかな心で幸せを感じながら生きることにつながる。

 

子どもは、私を愛してくれている。

きっとできる。今日やってみる。できなくてもチャレンジした自分をほめる。明日またチャレンジする。

行動しなくちゃ。

子どもに子育ての負の連鎖をつないではいけない。

私が、宿題を消化していかなくちゃ。

自分が存在する意味がなくなったら

旦那が、私に牙を向く。

クライムプログラムに行って、旦那はみんなの前でいいことを言わなきゃと、趣味の話など自分の考えを語り、「がん」から脱線する。


ほかの参加者の皆さんとくらべ、私の症状が軽いため、皆さんを先輩扱いし、「我々はこの程度ですから」とか、「まだまだ我々はみなさんにお伝えできることなんてなくて」とか、

私をないがしろにした発言を多々して、空気を乱す。


興味が薄いのだろう。

知りたくもないのだろう。

ついてきてあげてるのだろう。

早期発見の私はまだましで、進行している皆さんは辛いし、我が家とは違うとおもってるのだろう。


帰宅中。先に一人自転車を駐輪場から出した旦那。

私は子どもたちと自転車を出す準備をしていて。

駐輪場の券が、子どもたちのどちらが持ってるかわからなくなり、先に出た長男に大きな声で券はどこかときく。


「おかあさんを怒らせるなって!!!」と、旦那が息子に怒る…


私は怒ってない


怒ってるのは傍観してた旦那だ。


夫婦ってなんだろう。

一緒にいると嫌な思いばかりなのに、離婚しないのはなぜだろう。


私も母によく言っていた。

「なんで、離婚しないの?」


ただ、一人になるのがこわいのか。

収入の先行きか。




寝る間際、いつものように一時間ちかく、注意し続けていた。

床に落ちたものを拾って

宿題はおわったか

筆箱や明日の準備はどうか

長袖長ズボンにきがえて。

お風呂ははいらない

歯磨きももってこない

ふとんもしかずにたたまれた布団の上に突っ伏している

果物の皮は放置

食器を下げない

牛乳出しっぱなし

靴下は脱ぎ散らかし

教科書は床にばらまき

色鉛筆も床に



こういったことを、何度も何度も何度も言う。

しばらくしてやってない。また言う。

拗ねる

ふてくされる

死にたいと、テンションが落ちていく


つい

泡のようにシュワッと消えてしまえたらいいのにね。子どもたちの記憶からも消えれたらいいのに。

と、いってしまった。


死んだらええやん。 

でも、俺のせいにせんといてな。

別の人がおかあさんだったらよかったのに。

自由になりたい。

夜中こそっとでていく。

お金もいらない。

死ぬだけやから。

愛されてても愛されてなくても一緒や。

頭では記憶は残ってるかもしれんけど。心には残ってない。

生まれてすぐ捨ててくれたら良かったのに。


小3。


ごめんね。

こんなこと言わせてごめんね。


横で聞いていた次男は。

僕は生きたい。

っていっていた。

クライムプログラム3回目

今回は、欠席が多く、三組のみ。

怒りをテーマにワークしたとのこと。


サイコロを作り、怒ったときどうしたら感情が静まるかを各面に書き、ふる。


叫ぶ/テレビを見る

たおるをなぐる

ゲームをしまくる

ねる

好きなものを食べる

鉛筆の芯を折る


実際、みんなで部屋で大声で叫んだりしてみたそう。

自宅でも、イライラしたから、サイコロをふる。

と、つかっていたので、気に入った様子。


次回が最終回。

イメージのひろがり。あたかい光。

JUGEMテーマ:こころ

 

ふと目が覚めて、何時かなと、携帯をみたら1時半。ちょうど旦那が寝る準備をしていた。

フェイスブックをみると、ある人の投稿にとんだ。

そこから、ぶわぁ〜ってイメージが広がったので、かかなくちゃ、と思い立ち、布団から出てきました。

昨日抗がん剤の点滴を受けたから、そんな日は何度か起きたり、寝つきが悪いのだけど、

陶板浴に今日はいったからか、いつもは夕方16時半〜17時ごろから、体調がわるいのだけど、

子どもが寝る時間まで、動くことができた。

寝つきもわりとよかった。

 

ついこないだ、れいかさんのセッションを受けてから、気分がいい。

れいかさんのセッションはいつもわくわくで帰宅できるのが楽しくて、私の中で、大切な予定です。

 

自分が自分に、そうとう怒っていたわたし。

どんな自分も認めます。という課題?ステップ?に心を向けてしばらく。

 

最初テーマだった「不安や心配を手放す」ことも、

「どんな自分も認める」ことも、できていないと思っていたのだけど。

 

自分の体は、(もうできてるよ。自信持っていいよ。私がいってるんだから、大丈夫)と

力強く伝えてくれた。

 

まだ、できてないって思ってた。

不安な妄想もするし、できない自分を許すと怠惰になってしまって、それは違うんじゃないかともやもやして。

 

でも、いいんだって。

安心した。

ちゃんと前に進めてること。

自分を深めていけてること。

自分を思い出せ始めていること。

心の声が、わたし自身に伝え始めたこと。(今まで聞こえなかったし、黙れ!違う!と、否定し続けてたと思う)

あったかい安心感。

味方がここにいて。

道しるべのように手をさしのべてくれているれいかさんがいて。

 

れいかさんの発信は、私にとっては受け身で、受け取ってもいいよ、受け取らなくてもいいよ。という感じが、とてもありがたいのです。これだけしてくれてるから、ちゃんとやらなくちゃと思わなくてもいいし、この人はこう言ってるけど、その心理はなんだろうと考えなくてもいい。

ただ、必要なものだけキャッチして、興味のないものは無視(言葉は悪いのだけど)したらいいような感覚です。

 

さて、そのれいかさんから、発信が来た。

Micchiさんの遠隔ヒーリング。

 

あ、これ、わたし向けだ。

 

遠隔ヒーリングと書いてあるけど、会ってみたい。

会ったほうがいい と、メールを作り出した時、子どもがさむがって私の布団にもぐりこんできた。

私の布団であたためて、抱きしめた。

 

Micchiさんのブログをいくつか読みながら考えた。

かかなきゃ。

今、この感覚、書いておかなくちゃ。そう思って起きて、今ブログを書いています。

 

この方に会ってみたい。遠隔ヒーリングじゃなくて、会って話を聞きたい。

私の光を後押ししてほしい。

会うなら、旦那も一緒に。

旦那と子どもとの関係性も一緒にセッションうけたらどうだろう。

隣で旦那に聞いてほしい。

おだやかな表情で、ふんふんと話を聞く旦那を久しぶりに、イメージできたことに驚き。

調子に乗って、そのあと、ランチにでもさそってみたらどうかな。

 

結婚して、自由になって、安心できると思える人のそばで暮らせるようになり、

ぶつぶつ自分の理想をおしつけながらも、そばにいてくれる。

できない私を、ぶつぶつ怒りながらも、許してくれている。

 

私は、周囲の人を大地から、足元から、温かい光で包みたい。

自分が住んでるマンションの公園をあるく近所の人の足元が、大地ごと光って、その人とともに移動していくイメージがわいた。

 

旦那の治りきらない手荒れを、私が手をかざし祈る姿、

それを見て、子どもたちも旦那の手の上に、小さな手をかざして、見つめる長男の姿と、わけわからないけどみんなと一緒に手をかざす次男の姿もイメージした。

 

旦那は、そのあと、掌が熱いと、猛烈に掻きむしりだすイメージがわいた。

拒否してるんだね。と思っている私のイメージがわいた。

 

わたし自身は、天から暖かい光で満たしてくれるから大丈夫だ。

わたしが、だれかから愛をもらわなくても、見返りがなくても、ただ周りを大きな光で愛せたら、それでいいんだって思った。

日向ぼっこが好きなのは、そのせいかしら。

 

小さなころは、将来の夢ってなくて、お母さんになるのが夢だった。

結婚して、おかあさんになりたい。 って、幼稚園の文集にかけなかったから、「ピアノの先生」ってかいたんだった。

 

自分を否定して、自分を好きになってくれる人なんていいないって思ってたから、

大学生のころには「だれでもいいから、付き合って」なんて、友達に愚痴って気分を悪くさせる始末だった。

 

でも、心の中では、あたたかい日差しがふりそそぐ窓際で、お庭や外の景色を眺めながら、静かな空気や風、虫、生活の音を聞いて、ただ、会話もなく、おいしいおやつをつまみながら、穏やかな時間を一緒にすごすことに憧れてた。

(まぁ、主人は暑がりで、私は寒がりなので、やってみたら、あっという間に暑さでイライラするから無理だったんだけど)

 

誰かと一緒に、心地よさを共有したい気持ちはあるのだけど、私のさみしいきもちがもっともっと溶けていけば、

自分が心地よいというだけで、満足できるのかもしれないなぁ〜。

 

でも、人は一人では生きていけないから、やっぱり仲間とか、人とのつながりって好きなんだろうなぁって思うのです。

抗がん剤回目

 

パクリタキセル、ハーセプチンの10回目。

あと2回おわったら、MRIとCTを受けて、FECへの入院。

 

学校の音楽会を見て、遅れて病院へ。

診察は、担当医ではなく、予診室で「なにか体調に変化はありますか?」との質問だけだった。

数秒で診察は終わり、オンコロジーセンターへ行くと、「12時からと聞いていますが、枠が空いているか確認しますね」

と言われた。

たぶん、私が、朝の診察時間に間に合わないことについて問い合わせをしたから、行き違いになったのだろう。

午前中の内にきてもらったら、予約は変更しなくても大丈夫っていわれてたんだけどな…

 

すぐに、ベッドへ案内してくれて、無事点滴を受けることができた。

1時半ごろには終わり、職場へ手続きの書類を依頼するのに、持参するか郵送するか、迷った。

でも、職場に顔を出すのが億劫になっており、行きたくないなら郵送することにした。

 

陶板浴をやめてから、治療の日は、家でゆっくりしていることが多かったけど、

今日は、陶板浴に行った。れいかさんのセッションで、デトックスが必要といわれたから。

今日は行くと決めてた。

 

あっという間に眠りに入り、20分で起き、寝返りして20分。40分入ってた。

帽子をせず入っている人もいたので、その方が汗を拭けていいかもしれない。

 

受付の方に、お久しぶりですと話かけると、

お子さんいるし、回数券のほうがいいかもしれませんねーと言われた。

行き放題をすすめてこないところも、私がここに通えてる理由の一つだろう。

次くるときは、回数券買おうかな。

3回目のセラピー

JUGEMテーマ:こころ

 

れいかさんのセッション3回目。

1回目、2回目は、はっきりと悩みや不満があったのだけど、今回は、ぼんやりした気持ちで向かった。

 

 

もやもやしてたのは停滞じゃなかった

 

化学物質のデトックス(医療のカード)

陶板浴に通う

 

あるもので売ってハンドメイド作家はじめる

 

赤ちゃんのイメージ

 

女神と神が、黄色と白のまばゆい光のなかから、おだやかな表情で、私をみていた。最初は

男性の神様だけであとから女神様が隣に寄り添った。空に昇っていく途中だ。でも、じっと止まって見下ろしてくれていた。

 

どんなすごい人でも、えらいひとでも、鬱ってなるらしい。

どうやら私はやはり、一昨年、うつだった。

 

次回は、間取り図持っていく

そのために、家の、モノの整理をする

 

女神さまのあたたかい見守りがある

未来の地球は愛があふれる

医療はなくなる

悲しみの涙もなくなる

母性愛

 

お香 朝から炊いててくれた

不協和音の音叉の音が3回目、ぴたっとハマった。私は目を閉じていた。れいかさんの「わっ」と驚く声に驚いた。

綺麗な音だった。ピーンと一本線でつながったような綺麗な音だったけど、まだ音にぶれがあった。

これから、自分で整えていくのかな。

 

ぎゅっと手足をまるめた、赤ちゃんのイメージを見たとき、

まだ赤ちゃんだった自分におこられたイメージだった。

でも、怒りの顔ではなくて、ちょっとこまったような、ほっぺを膨らまして、もぅ。といったような顔だった。

綺麗な肌で、光に包まれていて、肌かんぼだけど、あたたかそうだった。

光の外は、真っ暗闇だった。

 

肯定文を試してもらった。

「私は自分がすごいことを知っています。」

私はこのことについて、完全に否定していなかった。

むしろ、私のなかで、そうだよって力強く後押ししてくれているわたしがいた。

 

みんなからすごいと思われなくても、

わたしだけは、わたしが実はすごいんだってことを、知ってる。初めから知ってる。

箱庭セラピー申込みメモ2

JUGEMテーマ:こころ

 

娘としてのご自身のこと、

妻としてのご自身のこと、

母としてのご自身のこと、

どんな風なイメージを持っておられますか?

 

上の質問へのメール返信を、以下メモ

昨日届いたメールマガジンにあった  癌にかかりやすい人の精神的な傾向  を読んでいると、
まさにあてはまるところが多く、マイルールみたいなものにがんじがらめになっているのではないかなと
思うところもあったので、思い込みというか…、この病気は、強制的に私を休ませるために、神様がくれたプレゼントのように
思っています。

>ご自身の心が平坦すぎると感じておられるのかしら?

>死んでもいいし、生きてもいいし・・みたいな感じとか?

 

↑これは、その通りかと思いました。

学生時代は、楽しいことや、やりたいことへのエネルギーがもっとあったと思うのですが、

これを買ったところで大して似合わないか。とか、まぁ、遊びにいってもそんなに楽しくないし。とか、

想像して、あ、やっぱりいいわ。と完結してしまうというか、嬉しい!楽しい!こうしたい!というプラスの感情が

平坦です。

こうすべき。こうしたほうがいい。こどものためにこうしとこう、もっとこうしなきゃ。

損得やリスク、現実的な考えがマイナスに引っ張るような感じで。

夫婦仲も良くないですし、この先楽しいこともそんなにないだろう。

死んでもいいや。生きるのは大変。

特性のあるわが子をちゃんと導いてくれるサポートさえあれば、私はこの世にいなくてもいいな。

と思っているところがあります。

自分の死が、子どもにとって人生の学びの一つになるだろうと。

 

転移してないし、抗がん剤が良く効くタイプで、小さくなってきているのに。

余命を宣告されたわけでもなく、痛みもなく、副作用も手先の痺れとかゆみ程度で日常支障ないのに。

 

生きることにしがみつくことができなければ、きっと近いうちに再発するのだろうと

思ってさえいます。神様は生きなさいと言ってくれてるように思うのですが。

 

だから、西洋医学的な治療と同じくらいに、自分自身の改革が必要なんだと考えています。

 

 

↓娘としての私について

 親の希望に沿わず、理想に追いつけず、いつもどこかたりなくて、申し訳なく思います。

 勉強ができなかった兄が怒られていたのを見て、私はちゃんとしなくちゃと思いましたが、平均どまりでした。

 お金に困らない自立した生活を送るよう言われてきたのに、貯金がありません。

 主人が詐欺にあって、借金を義父母に立て替えてもらい、返済中であることは、一生言えません。父への裏切りだと思っています。

 たくさんの習い事もさせてもらったのに、特技もなく、未来につなげることができず、無駄にしました。

 わがままで食べ物の好き嫌いや、洋服の好み、朝起きれない、料理ができないなど私のせいで、たくさん母が怒られました。

 母を助けてあげられなかったし、今も父方の祖母の介護を20年近く続けているのに、手助けしていません。

 父に怒られている母を守れなかった。

 父を怒らせていたのは、子ども達ができそこないであったから。

 父も苦労してきた人なのに、私たち兄弟をかわいがってくれていたのに、なつけなかったこと。

 本当は、素直に両親に感謝し、仕送りし、帰省した時には家事をして、夫婦仲良く子供にやさしくして親に心配をかけず、祖母を連れ出してリフレッシュさせてあげたり、愛嬌のある娘だったら、よかったのに。どれもできない。

 大学を出してくれたのに、パートなんかでふらふらして。

 お金も愛情も時間も注いでくれたのに、自分がどんなにレベルの低い人間かということを、いいたくない。

 秘密にしていたい。ごめんなさいって思います。

 

↓妻としての私

 自分の家族ができ、初めて私のことを好きだと言ってくれる人と結婚ができ、一番に、大事にしてもらえると勘違いしていた私。

 主人は自己肯定感が高く、自分を優先できる人だから、ないがしろにされたように感じています。

 自分が尽くすと、どこまでも、水が指のあいだからこぼれていくようにとめどなく、吸い取られそうで、ルールを作ってしまいます。

 お小遣いはいくら。このスケジュールはいれていいけど、この忘年会は断って。お金ないのによくそんなことがいえる。と、詰め寄ってしまいます。これだけ家事してるんだから、これくらいやってよ。

 困ったら親がなんとかしてくれるという甘えた考えも大嫌いなので、喧嘩が絶えません。

 専業主婦で、マメで、優しく尽くしてくれる義母が理想なため、それにかなわない私は、主人の理想の妻ではありません。

 主人の理想の妻になろうとは思いません。

 お互い相手が間違っていると、正義を振りかざし、口論になります。

 今は、隣に座るのも嫌なほどで、きっと向こうも生活はたのしくないでしょう。

 話し合うことはできますが、お互いの主張譲らず、平行線で、議論も減りました。

 今はただ、ちょっとでも一緒にいる時間が少ない方がいい。

 子供に怒鳴る主人を見るのがつらい。

 世界中敵だらけのようなキレやすい主人と家族であることが、恐怖であることもある。(いつクビになるか、ホームで喧嘩して刑事事件でもおこすのではないか、等)

 私は、毎週、実家に顔を出し、パートにでて、アトピーの主人は水仕事ができないためほとんどの家事をこなし、割とよくやっているように思いますが、主人からの妻の評価は低いでしょう。

 私自身、妻であることをやめたいとさえ思います。ただ、私をひろってくれるような人は、この人くらいしかいないのだろうとも思います。

 

 

↓母としての私

 母としての私がどのようであるかは、子どもが決めることなので、私にはわかりませんが。

 

 ただ、一般的な母を想像すると、多くの方よりは、子育て、教育に熱心で、厳しく育てているのだろうとおもいます。

 厳しくというのは、年々ハードルが下がっていますが、長男は、完璧主義、忘れ物が多い、指示命令を極端に嫌う、反復である日常のルーティーンが身につかない、遊び・アイデアの天才、等の特性があります。できるところがとびぬけており、できないところに、目が行きます。普通の3年生ができることが、めんどくさくて、しないことが、親のメンツ的には許せないのですね。忘れ物はしないでほしい、トイレが終わったら流して手を洗ってほしい、ご飯は食べてほしい、朝の出発時間は守ってほしい、着替えてほしい、など…。

 次男はまだわかりませんが、自身のなさがあるので、スモールステップで育てなければならないところ、器用で教えなくても、できたりするので、「できるでしょう」と、強く言いすぎてきているのだと思います。

 1回目は優しく言えても、3回以上言うと、私はイライラしだして、怒鳴りつけてしまいます。

 

 ちょっとお手伝いしてあげれば、できることも、手伝ったらいけない、自分でさせなければという私の中でのルールがあり、

 できるのだから甘えずにやりなさいと指示してしまいます。

 無条件に愛してくれているのをいいことに、八つ当たりしたり、抱きしめてかわいがったり、怒鳴りつけたり、とてもいい母親とは言えないと思います。ただ、それでも子どもは、親のことが大好きですから、父親も、母親も、子どもに甘えているのだと思います。

まるで、自分が私の父のようだと思うときもあります。母が父に逆らえなかったからか、私は主人には負けないという気持ちもあります。

 

 

だいぶ長くなってしまいました。

娘としても、妻としても、母としても、どの自分にも満足していないのですね。

 

母のように優しい母になれたらと思っていましたが、年々遠ざかっていくように思います。

箱庭セラピー 画像メモ

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クライムプログラム1回目、2回目

 

 

クライムプログラムとは

申込みのプリントから↓

がん治療中のお母さま/お父さまのお子さまが対象のグループです。
同じような状況にある子どもたちが集まって、みんなで一緒に絵を描いたり工作をしたり、話し合ったりしながら、自分の状況や気持ちに向き合う力を高めていくことをめざしています。
そのために、CLIMB®(クライム)プログラムを用いて、いろいろな職種のスタッフがお手伝いをいたします。

 

子どもたちは同じような経験をしている他の子どもたちと、すぐに仲良くなります。悲しくなったり怖くなったり、時には怒りを感じてしまうのも、普通のことであり、自分だけではないんだということを学んでいきます。グループでのさまざまな活動は、子どもたちが気持ちを抑え込んだり感情に圧倒されたりすることなく、気持ちを安全な方法で表現し穏やかにしていくことに役立つと思います。

 

 

このプログラム。オンコロジーセンターで紹介してもらい、申し込んだのは夏ごろ。

一年に一度しかないのだそうで、かなりラッキー。

子どもに病名もすべて話をして、参加するものです。

 

1回目は、ただ工作を楽しんだような感覚でしたが、

数日後、作った箱を見せに来て、中には「おかあさんが、しんぱい」と書いた紙が2枚入っていました。

不安や心配を封じ込める箱なんだ。と説明してくれました。

心配してくれてるんだろうとは思ってたけど、文字にして、こうやってためたメッセージをみると、こんなに心配してくれてるんだとわかりました。

自分の気持ちを吐き出すのに、客観視するのに、いいツールになるといいなと思いました。

 

2回目は、「がん」とはどんな病気かを学ぶことと、お絵かきした布人形を使い、点滴を実際にやってみるという取組でした。

まだ次男は幼くて、こちらから積極的に話はしていませんでした。

終わった後、私に飛びついて、ウィッグの下をのぞくので、「おうちに帰ってからね」と言ってしまいましたが、

その夜は、子どもと帽子なしでお風呂に入り、色素沈着の肌や、ほとんど剥げた頭で入りました。

ちょっと衝撃もあったと思います。時間差で遅れて入り、先に子どもたちは上がっていきました。

「一人でゆっくりつかってな。あったかいやろ。」と、気を聞かせてくれたのか、怖かったのか。

 

長男には話した方が良くて、次男にはまだわからないだろうと思っていました。

でも、次男は私の変化には気づいていたし、「聞いちゃいけないことなんだ」と感じていたかもしれません。

一番そばにいるのに、まだ小さいからと勝手な理由で、置き去りにしていました。

 

私が病気であること。

乳がんという病気だということ。

放射線治療も学んだようだけど、抗がん剤治療をしていること。

痛いのは点滴の針を刺すときだけなこと。

帽子を外して覗いてもらい、「おっ。ほんまや…!」と驚いた表情。

 

私も、隠さなくていいんだと思ったら少し気が楽になったような感覚もあって。

でも、見せるたびにおどろかせてしまうのではという不安もあって。

私も、鏡の前で見るたびに、どきっとするというか、うつっているのは自分ではないのではという感覚があるので、

見せつける必要もなく、できるだけ帽子でかくしてあげたらいいのかなと思う。

 

長男は、毎週習い事を休むことになるけど、あと2回、こちらを優先して行くと言っており、お友達と会える楽しさと、病気のことを学んだり、気持を言葉にしたりすることに、向き合ってくれている。

 

母親の病気が、子どもたちにとって、いい経験になってほしい。

経験しなくてもいいことを、幼い時期に降りかかってきて、全く迷惑な話なんだろうけど、

どうせなら、

ハゲで「やべー!!」って笑ったことも、

色素沈着でかわいそうな気持ちになったことも、

友達に母のかつらがばれて驚いたとき「そやで」と言えたことも、

こんなことがあってよかった、経験したから俺がいる。って未来の息子たちが言ってくれたらうれしいなー。


追記

長男がお絵かきした布人形を、友達に見せていた。

長男「かっこいいやろ!これ。穴あいてんねん。」

友達「なんで?」

長男「ハサミで切ったから」


と、話していた。

点滴を人形相手に、本物の注射針に水を入れ、体験した時にあけた穴。

とっさの、嘘。

私の前で言えなかったのか。

言いたくなかったのか。

抗がん剤回目

JUGEMテーマ:乳がん・乳癌・乳ガン

 

パクリタキセル ハーセプチンの点滴9回目がおわった。

足先と、足裏のもやっとした感じが、だんだんしびれ と言えるような違和感にかわってきた。

長いこと座ってて立ち上がる時、寝て起き上がる時などがじわ〜としているけれど、日常生活に支障はない。

 

手先の痺れが8回目終わったあたりから出始めて、今第一関節あたりのもやもやがある。

ゆっくり生活してれば問題なし。

ただ、車のキーをぽろっと落としたり、ゴミ袋を縛る際に指が滑って一度で結べなかったり、物を落とすことが出てきて、

気を付けていれば大丈夫だけど、気を抜いている時、なにげなくふわっと行動した時には、体の変化を感じる。

 

まだ運転に不安はないけれど、寒くなっていくから、指の痺れで運転ができないと、生活に変化がでてきそうなので、

この程度で済めばいいなと思う。

 

抗酸化浴に行かなくなり、食事もめんどくさくなってきて。食べてるけど、いいものを食べることをおろそかにしてて。

そのせいか、もやーとはりのない生活をしている。

 

作ってもらったチャーハン食べたいな。とか、あるんだけど。

どうしても自分でやろうとすると、あきらめちゃって。

 

 

オンコロジーセンターのヨガに参加した。

終わるころには寝てしまってた。椅子に座ってのヨガだったのに。気持ちよかったんかな―。

 

眠たくなることが増えたのは副作用もあるのかな。

たまらなくお昼寝したい日もある。

 

背中が冷えるので、ホッカイロを始めた。