今年の振り返り

JUGEMテーマ:こころ

 

 

一年前の日記を読み返してみたら、結構体調がしんどかったみたい。

声が2週間でなかったり

食事がのどとおらなかったり

薬も吐き気止め飲んでても、飲み込みにくかったり

脱毛などの体の変化

しびれて寝付きにくかったり、

免疫をあげる注射を打ってもらって、

休み休みすごしたみたい。

 

こどもの気持ちもきがかりで、

自分も体調のこといっぱいいっぱいで。

夫婦関係もうまくいかず

病気をなおさなければ(でも治ったら頑張らなきゃいけなくなる

→治るのも心配)だったり。

 

まず背中を押してくれたのは、職場。

休みなさいと進めてくれて、休職させてくれた。

 

これで、やっと、自分を休めることができた。

治療しながらでも働ける、働かなきゃ、お金が必要だ

そうやって、自分をないがしろにし続けてたから。

 

自分のことを最優先に、まずは治療に専念してねと、面倒な手続きを、忙しい時期にしてくれた上司の方々、職場のみなさん。

 

平日、一人の時間がもてたことで、やっと自分にOFFできた。

この時間がなければ、今はない。

 

 

次に、私の自分みつめにつきっきりのようにサポートしてくれている、れいかさん。

どろどろした私の黒い話を聞いてくれて。

私の中の「さみしい」を見つけてくれたときは、泣けた。

不安を手放して、自分を愛すること、大切にすることを、あっけらかんとストレートに伝えてくれたおかげで、

楽しく、前むきに、病気までつくっちゃった自分を癒していけた。

進んでは戻りつつ、でも、世界はひろがったし、人生が楽しみになったのは、れいかさんのおかげ。

 

 

私のアイデンティティクライシスを起こしてくれたのが、近所のママ友さん。

一緒に学びにいくことで、自分の正義(正しいと思うこと)が今の現実を作ったことを指摘され、

パリーン!どころが、ガシャーン!!か、ガッツーン!ゴロゴロゴロ!!!くらいに、ぶち壊してくれた。

あそこで、いちど壊れたから、客観的にみれるようになってきたかと思う。

ママ友さんにも、たくさん話を聞いてもらった。

 

 

私ががんばらないように心がけることになったことによって、息子の習い事のお手伝いも

拒否感が募り、もう、無理!!!かかわりたくない!ってなったとき、引き留めて、愚痴聞いてくれて、フォローし続けてくれているママ友さん。

おかげで、なんとか、続いてる。

主人にまかせることできないし、息子が習っている間は、楽しんで関わっていかないと。

(でも、無理するのはやめたので、行きたいときだけ、やりたいときだけね。)

みんなで千羽鶴折ってくれて。完治を祈ってくれて。

毎日、この千羽鶴に触れて、「(愛を)受け取ります」と言い続けた。

こんな私→私はその価値がある

 

 

やってみたいことがよぎっても、お金や時間、自信のなさなど言い訳して、

なかなかチャレンジしない私。

「できるよ、お願い」と仕事を振ってくれるママ友さん。

誰かのために、やりたいことをしたとき、喜んでもらえて、貢献できて、

自分の価値を確認するというか、自分にも(小さなことなのだけど)できることがあったと、

経験をつませてくれる。

 

 

職場復帰したら、明るくて優しい派遣さんが隣で。

数か月しかかぶらず、次がなかなかきまらなくて。

そしたら、すごくおしゃべりで、人懐っこい派遣さんが来られて。

ぐいぐいおしゃべりに引き込まれて。

パワーもらって。

話聞いてもらって。

美術が好きだったり、手先使ったり好きなこともにてて。

毎日、職場が面白い。

 

 

私の人生、病気がわかってから、急激に進みだした。

もう、何も楽しいことはない。終わるのはこわくないけど、子どもたちや母が悲しむ。

というところから、今、楽しいことを探せるようになった。

来年が楽しみ。

今が幸せ。心地よいことを選べるようになって、自分がかわいい。

 

もう、本当にすごいことなんです。

 

私が愛されて育ったことも。怒られたことばかりではなかったと、思えるようになってきてる。

まだ、現実は怖いのだけど、恐怖までではない。気の紛らわし方も覚えたような気がする。

母もたくさんの手紙から、愛を伝えてくれるようになった。母の手紙も、読むのが少しこわかった。

また、「しっかりしなさい」とか、「こうこころがけたらいいよ」という優しい言葉が、怒られたと感じていたから。

 

素直に、受け止められるようになってきたと思う。

 

今まで、ごめんね、私。

頑張り屋さんだから、がんばれ!って言わなくていいよね。

 

2020年も、今よりもっと輝きを自分の中にみつけてく!

感謝!

治療終了。経過観察へ

JUGEMテーマ:乳がん・乳癌・乳ガン

 

抗がん剤2種類

手術

残りのハーセプチン10回

 

この日は、朝一で採血、レントゲン、マンモ。

診察後、最後のハーセプチン点滴へ。

 

順調に治療スケジュールを終えました。

マンモで残ったほうの確認もして、きれいです とのこと。

 

 

ハーセプチンの通院は本当に楽で。

看護師さんやさしく、丁寧で、真剣で(あたりまえだけど)、

体調を気遣ってもらって、先生もやさしくて、

通院日はエステ気分でした。

 

点滴した日から数日は、針を刺したところにかゆみがあるのだけど

その程度で。

 

点滴、最後か。と思うと、座り心地のいいリクライニングソファも、テレビ付き、オルゴールが流れる静かな空間で

過ごす時間ももう終わりか と、ちょっと寂しいような気もちもあったのだけど。

 

 

病院からでて移動中、涙が出て。

 

やっぱり、うれしい!!!

めちゃくちゃ嬉しい!!!!!!

車で、泣いた!

治って嬉しい!!健康なからだ、ありがたい。

嬉しい

 

やっぱり不安だったんだ

 

息子にも報告。

笑みをこらえる様な表情で、斜め向き、黙って喜んでくれました。

ぎゅっと抱きしめて、「ありがとね」

 

我慢、心配、不安、たくさん負担かけてしまって。

 

髪が抜けていく姿、

食事がのどを通らない姿、

夕方寝込んでしまった日々、

片胸なくなった傷跡、

傷口あたりに麻痺が残ってること、

 

たんたんと、受け止めてくれて、笑い飛ばしてくれて、

感謝しかない。

 

自分を大事にすること、

病気が教えてくれたこと、

だんだんとつらかったこととか、しんどかったこととか、記憶薄れていくけど、

変われた自分を、これからも大切にしたい。

 

母にも報告。出がけですぐ電話きることになったけど、笑 

まぁ、それは、うちらしいというか。

ほっとしてくれました。

たくさん、私のために祈ってくれて、気持ちをよせてくれていたのはわかる。

 

私、おめでとう。

よくがんばったね。

わたしのからだ、ありがとう。これからもよろしく。

マスク事件 集合場所まで送迎したとき

早朝6時。

車で、バス乗り合わせ場所まで送ったとき。

ついてから、忘れ物に気づく。


私も忘れてた。


でも、一昨日、マスクどこ?と聞かれ、場所を伝えたのに。

(今思えば、そのときは場所の確認だけで、用意ではなかったんだな)


乗り合わせ場所を離れられない主人にかわり、コンビニを探して走った。

近くにいた方に、あると言われた方向にむかったのに、ない。

別の人にきく。言われた方向に走るも、ファミマはない。

さらに時間が迫り、別の方に聞く。言われた方向に走ったら言われたとおりにセブンがあった…


術後、10ヶ月たったとはいえ、運動不足。風邪気味。軽い寒暖アレルギーか寒いと咳が出る。運動後はカラぜきが数時間続く。


出発時間まであと3分。

主人に電話してもでない。

とにかく、走るしかない。

走る。ヘロヘロで走る。間に合うことを信じて走る。もう、ゼーゼー息がきれて、やっとバスが見えてくるも、向こうから走ってきてくれて「ありがとう、たすかった!」と言ってくれる主人の姿はない。


あと30メートルほどのところまで来て、かけよってくれたのは息子。

私がマスクを買って、戻ってくるのを待っててくれたのを感じたし、こうやっていつも、私が大変なとき、しんどいとき、つらいときに、助けてくれるのはいつも息子。


主人がやっと、ゼーゼーの私に気づき、「ありがとう」と言いに来たとき、

「いいよいいよ、よかった!行ってらっしゃい!」とは、言えず。私が言ったのは

「大通りまで来てくれたら良かったのに!」

だった。


期待した優しさがかえってこないこと

一緒に一つの問題を解決しようとしてると思ったら、相手は自分のことで精一杯だったり。

こうゆうとき、私は、さみしい。



息子はマスクが、大人用で大きくて耳にかからず、困っているのに周りのみんな気づかなくて。自分でなんとかしようとしていた。


地面にへたりこんで私は(ああ、あともうひと頑張り。ここで手を貸さなかったら帰ってくるまで後悔する)と思って、立ち上がる。


息子のマスクの紐を結んで短くして、見送ることができた。


私は、泣いてた。

なんの涙か。


見送りに来てたママ友が、背中をさすってくれて。

コンビニ探し回って走ったこと、

しんどかったこと、

大通りまできてくれてたら…私もう走れなくて…

と、話を聞いてくれて。


そばにいてくれて助けられた。

背中さすってくれたこと。

話聞いてくれたこと。

共感してくれたこと。

泣いてしまえたこと。



主人がいるから、安心して生活ができていること。

一緒に子どものことを育ててくれてる安心感。

経済的にも、たくさんの支えになってくれてるのに、

こうゆうささいなさみしさが、ドカーンと積もってしまうのは…


考え方一つなのかな。


これは私の心の記録に。

タロット占い

JUGEMテーマ:こころ

 

職場の隣の席に、昔仲良かった乗りの良い友達みたいな方が座るようになり。

ぐんぐん、自分の愚痴がこぼれていく。

まだ出会って間もないと言うに、ぺらぺらお互いに話が続き。

いや、この方はもしかしたら普段はもっとお話し好きなんだろうけど、控えめにしゃべっているのでも

私からすると、めちゃくちゃ話をしているのだ。

 

こわいくらい当たったというタロット占いを紹介され、

直感でいったほうがいいなと思ったので、すぐ予約。

予定が変更になりそうになったりしつつも、行けたのは、歓迎されてたからのように感じて。

 

行ってみたら、めっちゃ暖かい方だった!

占いはじまったら、さらに、+の雰囲気というか、陽気に歌を交えながらしてくれて、

とってもあたたかいオーラの方だった。また、お会いしたいな。

 

以下記録。

 

〃觝Ю験茵”徂悗虜8紊匹Δ垢譴个Δ泙いくか

 

運命共同体

山あり谷ありの人生を夫婦として一緒に歩いていく

夫婦としての縁は深い

黒いライオンはご主人 白いライオンはあなた

二人で一緒に家庭という荷物を引っ張っていく

あたたかいいい母さんやってる

信頼できる奥さんやってる

地に足ついてこの家庭をちゃんと守っております

めぐりあえてよかった

根本的な相性はいい

二人ともいい個性、いい魅力、いいキャラクターの持ち主

ときどき嫁が家でしたくなる

結婚するために巡り合った二人

かわいいこどもがいて、二人がいて

子どもたちもすくすく育っていく

(出た)カードは綺麗

将来的には収入応援するために、学費が結構かかってくるので、仕事することになる

 

主人が嫁と子どものことをどう思っているか

俺は悲しい肉体労働者 用があったらいつでもよびつけてください

右へ左へ思いっきり走ります

会社ではよく頑張って働いています

離婚する気はありません

悪魔の鎖でつながれた僕とあなた

あなたは僕の性格しってるやろ

あなたといる時、ぼくは正直な自分を見せている

あなたは全然俺の話聞かへん

無視もいいとこやし話聞かへんしそこがブチ切れる

あなたがやることやってることはちゃんとわかってる

けど僕も一生懸命はたらいているし、結婚したいから結婚した

他に好きな男でもおるわけ?と誤解している

(私が)背中向けてる

旦那さんが切れる理由もある

周りが働かない

ひとりで負担かかってる

やることやってる

能力がない。周りが

だからパーンときれるんやけど

ひとりでほんまにあれもこれも始末つけなあかんからしんどい

アドバイスはいらない

大変やねえと言ってあげること

周り働かない中で、ご主人は働くしかない

転職できるもんならしたい、年齢、家族、そんなことできないし、

そういうやつはどこに行ってもおる とわかっている

おまえ全然おれの話きかへん、完全シカトもいいところや

それがいきすぎて、あまりにも俺に興味なさすぎ→だれか好きな奴でもおるん まで考えが行っちゃってる

そーなんやと共感してあげる

 

∋纏

あなたはどこへいっても誠実によう頑張って働く

今は母さんとして子育て頑張っている

まだ下の子が小学校言ったらはたらける?それまでは短時間?

あなたは人との接し方、人との距離感、いいセンス、いい思いやり持っている

接客サービス業で肩慣らししては

収入増やすのは2年は無理 肩慣らしも含めて、

コミュニケーション能力があればどんなところでも溶け込んでいけるから

人と触れ合う仕事

年齢は余裕

2年は動けない

収入アップしていける

 

子ども 二人

どちらもしっかりとした子に育っていきます

どっちも筋のとおったマイワールド、マイルールブックを持った子に育っていく

長男

あんまりサッカー好きじゃない

兄ちゃんそのうちやめてまうわ

絶対やめますやって

目上に好かれる

頑張り屋さん

サッカーは応援するほうが楽しい

小学校の間だけやって、別のことやりそう やめるでしょう

心配なのは何かに熱中というより、ゲームの世界にはまり込みそうで、そこが心配

みんなでは気疲れする

ひとりで楽しめる世界がいい

頭痛の種になっていくでしょう

(お絵かき教室いかはじめた

つるんでどうのこうのが嫌いやから

ひとりでやるのがいい

同じパソコンの世界なら、プログラミングや、絵の方が向いている

 

次男

弟の方がサッカー好きなんちゃう

なかなか賢い子です

ピアノとか、芸術方面のカードは出ていない

みんなで目標おっかけるみんなでわいわい

スポーツしたいとか自分から言いだす

なかなか賢いし、人に好かれるし、みんなでわいわいが好きな子になる

兄ちゃんみたいにゲームにはまる危険性はない

 

ど磴こわい

両親とあなた どうなるか

福岡からうごきません

時々里帰りする

84くらいまでは自分たちで暮らしていくんちゃうの

お父さんもなかなか灌漑深いし、賢い人やし

父ちゃんと母ちゃん協力し合ってながい老後を過ごしていく

あなたかするとお父さんの話し方が苦手って感じやねんな

親子も相性ある

二人とも、あなたのことはかわいい娘だと思っている

お父さんはぴしっぴしっと話すんやろうな

結論ありきで、

こうこうこうだから、こうやろ ではなく、

こうやろっ と話す

悪気はないこういう人

親子の相性が、その話し方がきつくてビビってしまう子もいる

両親は元気でやっていってくれるので、ときどき、写真や動画をおくったらいい

親孝行は先で十分

お父さんは87、お母さんは90の大台まで二人とも平均寿命超えて元気にしはる

 

孤軍奮闘している旦那を、忍法おうむ返しで、

そうなんやーとかえしてあげるといい

タイトルなし

最近、色々あったけど。

旦那と過ごす時間が減り落ち着いてきた。

自分が好きなことを、あ、これ、好きだったって思い出して感じることができたり、

母と電話ではなせたり。

母には手紙も書いた。長文で。

知ってもらえた、まずはそれだけで一歩。


今日は、用事があって、電話をかけた。母が出てくれる気がしてた。

出たのは父だった。

「何や」第一声


いや、用はないんだけど、あの、お母さんは…

と、あわてて言葉がつかえる。


かけ直す予定で電話を切り、

こわさがわきあがる。

何かようかと、言われたようで。


こわかった。

落ち込みかけて、すぐ、音楽をつけた。

ニュースを見始めた。

気を紛らわす。

そこに気持ちを持っていったらいけない。


そうだ、息子の学校に行こう。

忘れ物のチェックを教室にしに行こう。

いじめの話もきかなくちゃ。


穏やかに帰ってきたと思ってた。


息子は被害者であり加害者だ。

傷つけたつもりなく、報告をうけ、

それは、傷つけていると、私は気づく。

息子は気づかない。

あれだけ、私対して優しい子が、どうして想像できないのかりかいできなかった。

言われたらわかると。


学校は刺激が多すぎるのか?

無関心なのか?

相手によって程度が違うため、同じ発信でも受け取り方が違うということがまだ学習できてないのか?


もやもやしだした。

イライラしだした。


あ、きょうはだめだ。話せない。話あえない。

ふと、掃除を始めた、

換気扇が壊れて、カビが気になってた浴室。

早く修理してほしい。まだまだ修理日は先。

防水パンの裏側、浴槽の底がきになって。

セスキのお湯をはって、浮かせてながした。


最近、楽しいと思うことが少しふえはじめて、ワクワクする予定を自分で入れれるようになってきていたけれど。

旦那はほっとく、自分を大事に、よかったのに。



次男に遊んでと言われてるのにできなかった。本読んであげる気持ちになれなかった。


風呂に入らない長男に、汚いから布団で寝ないでと言ってしまった。

入っておいでって言えばいいんだよって、母が心の中で言うけれど。

勝手にしろって、思ってしまう。

自分を大事にしたら、家族にも優しくできるんじゃないの?

どうしてうまく行かなかった…

布団で寝てない長男をみて、帰宅した旦那は私を責めるだろうか。

風邪を引いたら…


でも、許せないことがいくつも重なり、声をかけれない。

息苦しさから深呼吸が増えたことのメモ

JUGEMテーマ:乳がん・乳癌・乳ガン

 

ハーセプチンの治療の続きがはじまってから、半年。

この夏、暑い日で湿気が多い日は特に、息苦しさを感じることがあって、深呼吸をしていた。

たぶん、前もあったのだけど、気になってるから特に感じるのかも。

 

9月に入ると、椅子に座っていることや、下着によっては締め付け感も、

深呼吸したくなるようになった。

 

8月の受診で副担当の先生に伝え忘れ、看護師さんに伝えるものの、

次の受診でも伝え忘れ、看護師さんに伝えると、気になるようなことがあれば、電話してもいいとのことだった。

次の受診は担当の先生なので、今までのことも伝えよう。

 

膝から下に、赤い小さな発疹がでて、数日で消えたこと

8月の三連休で、微熱が3日続いたこと(義母も熱、旦那はサッカーで、次男を任せることはできず、家でできるだけ寝て過ごした、)その後、口の中に血豆ができたこと。

かゆみがあったときがあったこと

ちょっと冷えたり、冷たいものをぐいっと飲むと、すぐ下痢っぽいこと

カラ咳がでること

 

ハーセプチン、副作用ほとんどないって安心してたから、

私のからだ、大丈夫かなー?って、気にすることが増えたなぁ。

 

でも、横になりたいとかまでひどくはなくて、仕事もできるし、こまめに立ってストレッチしたりするようにしてる。

声が出ない夢 見つめてみる 声

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早朝4時。

夢を見て起きた。

 

なにか説明を受けながら散策しているような気分からはじまり。

薄暗い家にはいることに。

 

夢から覚めて、その誰かの家で見たことを考えてた。

何を知らせてくれてるのかなと。

 

どうしたらいいかわからず、自分を満たせていないからからの意思もほとんどない人が、

ただ最後に願ったのは子どもを愛しく抱くことで。

それなのに、優しく幸せに抱く抱き方ががわからず、こわしてしまった。

(どうしてそんな乱暴に抱こうとするの?!と、私は驚いた)

こわしてしまったことを直視できずに、意思のない人はへたりこんでた。

 

それを見ていた私も手を差し伸べることはせず、ただ悲しい情景だと思って、

案内のまま階段をのぼった。

 

2階に上ると薄暗く物もほとんどない家で、見たことのない場所。

窓の外が怖い感じがして、声がでなくなった。

よくある。怖い夢でよく見る。一生懸命声を出そうと絞り出す。

今回は、両手を窓に向けて一生懸命声を出そうとした。

かすかにでる声で、隣の方に、こうなるときがあるんだと伝えた。

 

案内の女の方が、1階の玄関から外にでましょうと、ゆっくり一緒に出てくれて。

ずっとそばにいたひょろっとした何もしゃべらない男の方も、ゆっくり一緒に出て、私たちをみてる。

この方は、私に害は与えない。味方のように思えた。

 

そこで目が覚める。

 

そして考えた。

 

薄暗い家は、実家なんじゃないかなと。

どのイメージが誰とかはない。当てはめようとしたけど、どれも違うようないがしたし、違ってほしいと思った。

 

布団の中で、このこと書き留めておこうかなと思って、

食卓のテーブルに座りペンをはしらせようとするイメージをもったとき、

向かいに恐い存在があった。

これは、自分の家。びっくりした。いや、書きに起きれない、と思ったけど、

だんだんと夢の中の薄暗いイメージが、やわらかい肌色に包まれ始めた。

 

こわさが、すこしずつ薄れていって、

やっぱり、ブログに書いておこうって思えた。

あの、テーブルの向かいの怖い存在は、きっと旦那さんのイメージで、

旦那さんがこわいのではなく、私の課題とするところなのだと思う。

 

じゃぁ、この恐い存在が、かわいいくまさんだったら?とイメージしてみた。

見た目はかわいいけれど、いつ牙をむくかわからない存在が身近にいることはやはり、心地よいことではなかったのでやめた。

 

 

昨日は、チアのドラマをみたことで、人が落ちるイメージを見たことがのこってたのかな?

懇談会で、子どもが尻もちをついて泣いて、かけつけ、なだめ、

もう帰るか、まだここで遊ぶか子どもに問いかけたりしていた時、「お母さんやさしくていいな」と言ってくれた

女の子がいた。

え?私ってやさしい?と驚き、長男も、え、こわいで。めっちゃおこるもんなって、笑って、そんな会話をしたからかな。

次男は、押されて落ちて尻もちついたらしく、押してしまった女の子は「ごめんね、ごめんね」と繰り返すも、次男は「いいよ」をいわなかったからか、女の子が泣き始めた。今思えばウソ泣きだったかなと思う。

もっと遊びたいと、決めた次男。その後もう帰ると、決めた次男。

 

朝、次男が起きてきたら、抱きしめよう。

 

今、子どもたちのそばに私がちゃんといて、触れられること。

手を貸せること。もっと大事にしたいと。

 

昨日の職場のお昼ご飯で、「中学生になったら一気に一緒に過ごす時間が短くなってきたことを感じて、この夏休みは思い出をたくさん作りにでかけた」という話を聞いた。

 

子どもたちと、楽しく過ごしたい。

「どうせなら楽しんだ方がいい」という言葉が、少しずつ近づいている気がする。

そりゃそうだと思いながら、ずっと遠いもののように感じてた言葉。え、本当に?楽しんだもん勝ちなのかな。苦しいことやつらいことを経験したほうがよりよくなるのではないかという思いが勝るからだと思う。

楽しい方を選んでいい。自分がご機嫌になることをする。心から自分の幸せを願うことに、少しずつ近づけているからかなと思う。

 

子どもの声がれは、親子で乗り越える課題をしめしてくれているような。

声をとりもどしてあげなくちゃ。

職場復帰

 

体調は安定しているのだけど、覚書に。

 

術後、リハビリの腕の運動をどのくらいの傷みまでOKなのかわからず、

頑張ると、あ、やば、痛いわ… しまった。 てなり、

頑張らないと、あ、やば、なんか昨日より動かない… しまった。 ってなる。

 

あいたたたたた までやるとそのあとしばらく痛いから、

いてててて くらいにした。

毎日、やらなきゃ。やらなきゃ。と思うタイプなので、

朝晩とか一日何回とか決めずに、 あ、やろ。って思った時に、ぐーーーーーっといた気持ちい感じで。

 

なかなか、腕が上がりきるようにならず。

どうやら、リンパというか、筋が固いところがあって、それが、血管痛のあるラインにつながって、

ピーンとはる感じ。血管がこりこりしていて。

 

それが、最近、少し和らかくなってきたように思います。

少しずつ。少しずつ。忘れずに。だなー。

 

 

重たいものを持ったり、電動自転車の運転が不安だったり、振動も気になってた退院直後。

玄関のドアが重たいなー、洗濯物をかけるのがしんどいなー。洗い物を全部洗いきったら腕がしびれてる。

左手をどのくらい普段通り使ったらいいのか、迷いながら、とにかく自分の体に聞いてみて、

このくらいいける?どう?しんどい?休憩しようか。やめといて子どもにお願いしよう。旦那にお願いしよう。

それも、とてもいいことになって。

子どもたちが家事のできることが増えて、私が「これできないから」と弱さを見せると旦那が優しくなって。

とげとげすると、つんつんかえってくる。

そんなことを感じる日々。

自分に優しくすることで、相手に優しくしてもらえる。

なにげなく日々が暮らせることの感謝とか、当たり前のことをしっかりとそれがあるということを受け止められること。

やっぱり、病気って、私にとってとってもいいことだったなっておもう穏やかな生活(日中のみ。一人の時間最高)

 

職場復帰は不安だったけど、周りの方が知っていてくださったので、

重たいファイルを先に声かけてくれたり、最初はお仕事ふらずに、ゆっくりと仕事を振り分けてくださったり。

上司の方も、どう?と声を掛けてくれて、

ゆっくり。ゆっくり。みんなに守られて、日々をすごせること、お仕事があって、ひとつひとつ終わらせていけること。満足感、達成感。

もっと、私は人の目を見たり、話ができるようになるといいんだろうな。

安心していいんだよー。ってことが、ちゃんと自分の中に落ちてほしいなー。

 

 

術後のテープかぶれ、蕁麻疹

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術後、一日に4回も看護師さんは傷のチェックをしてくれました。

翌日はテープが張ってあった箇所のテープまわりにだけ跡が残っている程度だった赤みが、

3、4日たつほどに、だんだん湿疹があらわれました。

 

手術で使われる強力なテープによる、遅延性のテープかぶれかなー。

でも、そんなにひどくないし様子見ましょう。というのが続きましたが、

管をぬいてもらい退院が翌日に迫った夜に、やっぱりこれはちょっと赤いねと。

 

ぽつぽつ赤かった蕁麻疹が、ふわっとでたり、薄くなったりを繰り返してたのが、

熱を持って皮膚全体的にあかくなりました。

テープが張っていない、胸帯も触れていないお腹や、左腕も。

 

アレルギーの薬と抗生剤を飲むことになりました。

 

なんでだろ。

なんやろ?

と、先生も、看護師さんも。

 

かゆみがあまりなく、動いて体温が上がると、ちくちくするな という程度なのですが。

 

手術した左胸を中心に、おへその下あたりから上。左腕。背中にも出始めて、薬を飲むことになりました。

 

普通、直後にテープかぶれがあっても、退院するころに悪化するのはないそうで。

 

ネットを見ていて引っかかった言葉がありました。

皮膚・・拒絶感が強い

     根をつめて考えすぎている

 

術後、変化した自分の体をどう受け止めてるだろう

自分の心の変化はどうだろう

前向きに考えるのがいいだろう

左胸なくなった不完全な自分はかっこいいではないか

この体を気に入らなくちゃ

きっと頑なだった自分の心もほどけていくだろう

 

考えてました。考えすぎてました。

 

気持ちも前向き、はればれとしてる感じがしてました。

でも、手術2日後ぱっと手帳に「でも、悲しんでる自分もいる」と書き込んでいました。

 

体は、怒っているんだ。切り取られて、傷つけられて、悲しくて、さみしくて、それを喜ぶ私の心と体がバラバラなんだと思いました。

多くの人は、片胸なくなったら、悲しむのでしょう。

ひねくれ物の私は、私はちがう!と、世の中に反発したんでしょうか。

 

ごめんね。

私のからだ、ごめんね。

病気にしちゃって、ごめんね。

傷つけちゃって、胸を片方とってしまってごめんね。

 

思いっきり泣けますように。

 

不完全な自分への喜び

左胸の全摘手術がおわり、一人になった暗い病室で、ふと思ったこと。


あー、これから、楽しいことが待ってるんだ。

まだまだ子どもたちとの時間がある。

子どもたちの笑顔が見れる。

不完全な自分になれた。片方胸がない自分。不完全な自分。嬉しい。私は喜んでた。

不完全でいいんだ。


まだ、再発リスクを抑えるための治療は残ってるけど、私は治ったと思ったし、再発はしないと思えた。


病気がわかったときの自分は、

この乳がんがなおっても、また再発すると思ってた。だから、今回の病気が問題ではないんだと。


それから、完璧主義な性格で、自己否定ばかりしていた。自分を、大事にしないことに、時分がものすごく怒ってた。

今でもまだ自分が自分におこってるようだけど、前ほどじゃない。

ごちゃごちゃ考えて、やる前に諦めてる自分が嫌だった。


今、

自分を、可愛がれてると思う。

悩み考える自分っていいなっておもってる。

前の自分に戻るときもあるけど、今の自分のほうがいいなって思う。

みんなからの愛をいっぱい受けて、受け取れるようになって、愛されるに値する人間であること(みんなそうなのだけど)頼ってもいいこと、むしろ、そのほうがいいことにつながるとこ。


受診というつながりだけで、私のために一生懸命説明し、治療し、手術してくれた担当医の姿も心地よかった。

ジブンニ気づいてくれること。伝える前に聞いてくれること。見守ってくれる優しさ。


今のこの感謝を忘れないかと怖いけど、これからの私が幸せであること、ただ自分を、大切にすることが先で、みんなに恩返しするのはその後なんだと意識して生活していきたい。


死ぬこともこわいことではないのかも。

でも、生きることは、素晴らしいことだと思うから、今、生かしてもらってる時間を大事にしていきたい。


あー、病気が教えてくれてよかった。

離れてしまった私の左の胸、ありがとう。傷跡も大切にします。左胸のおかげで、人生は楽しいんでいいのだと知りました。