まとめてふり返ってみる

JUGEMテーマ:こころ

 

 

自分史を書いてみようと思って、一週間が過ぎてしまった。

 

楽しいことってなんだろう。

それやったところでなんになる?

その程度じゃだめだわ

本当にやりたいことってなに?

使命って?

私はこの人生をどう在りたい?

考えるほど考え込んで、わからなくなる。

 

そうだ、自分の人生が終わる瞬間に後悔することを今すればいいんじゃないかな

と、思って想像してみて、

大した願望がないということに気づく。あきらめもあるかも。

わたしってその程度って思ってるかも。

でも、最後一瞬にして走馬灯のように人生を振り返る瞬間があるとしたら、

まず家族とのことがでてくるだろうと。

もっと素直になればよかったとか、もっと笑えばよかったとか、もっと許せばよかったとか、

そんなところだ。

 

なら、すぐできる。

自分史は壮大すぎて、完璧に仕上げられない。書いても違うような気がしてくるし、

自分を疑いたくなったり。

とりあえず、やる でいいか。

今日、すぐに、開いているあらたな扉に、とっとと一歩踏み出したいんだ。

 

だから、とりあえず書くことにした。

 

私は、母のおなかを切って出てきた。

人間が人生で一番しんどいという産道をぬけてくる体験をすっとばして、

人の手で出してもらった。

 

小さい頃はとにかくよく寝たらしい。そして、めっちゃ泣いたらしい。

こだわりが強くて、あれもいやこれもいや。

そうとう母を悩ませただろうけど、もっと私はかまってほしくて甘えたくて、

お姫様扱いしてほしかったんだと思う。

 

なんでもそこそこできる。

苦手なものは苦い野菜や、暗い場所など、感覚に関わることだった。

ちょっと繊細過ぎるけど、優しくて思いやりのある女の子。

根性があって、運動もわりとできるけど、人前に立つのが苦手で、自信がなさも目立ってたと思う。

特に男の子は苦手だった。

幼稚園のころからすでに抵抗があって。入学式で手をつなぐのがとても嫌だった。

 

お姫様になれないことがわかると、男の子になろうとしたのか、

マウンテンバイクに乗り、兄の服を着て、男の子言葉を使った。

 

仲のいい子はその時々でいたけれど、いつも一番になれない不安があった。

 

そこそこなのに、一番になれない自分。

 

父の理想に届かない自分。

兄よりも弟よりも立派でなくてはならない。

私は大丈夫、私だけはちゃんとしなくちゃ、でもできない。

 

やりたいことをやらなくなったのは、お絵かき教室に行けなかったことが大きかったかもしれない。

自分で応募したスクールも、電話で親に断られてしまった。

 

親の言う通りにはなりたくない。

人にコントロールされたくない。

周囲の期待とは別の方向へ向かいたい。(不幸に浸る)

 

頑張る姿を見せながらも、トップに立つことを恐れていたし、

どこか自分を認めてくれる人や場所があると信じながらも、いい子の自分に隠れて、

人の目を気にした。

みんなはいいな。

私はダメだな。

私は不幸なんだという思い込みもあったかもしれない。

でも、幸せだって言い続けた。

 

うらやましくて、脱したくて、愛されたくて、

必要とされたくて、自分を何かに寄せようとして、苦しんで、

そんな自分を一番いいと言ってくれる人には出会わなかった。

 

友達はたくさんいるのに、いい子だってよく言われるのに、いつも孤独で。

 

誰でもいいから… と、思っていたところに、「自分のことを好きになってくれる人はいないかな」と思っていた旦那と出会う。

絵に描いていたことを楽しんで、しだいにうまくいかないことを思い知って、

お互いの理想をぶつけ合って、暗闇に落ちていった。

 

相談もできない。

助けても言えない。

自分で何とかしないと、私が悪いんだと責める。

 

強制終了させたのは、私の体だった。

なにもかもが覆り、がちがちの自分が少しほどけてきて、

本来の自分を探し出す。

 

ないないって探す。

いつまでもみつからない。

 

目に見えないことや、わからないことに、答えを求めた。

自己啓発、スピリチュアル、友達の話、ブログのネットサーフィン、いろんなことをして。

 

今、に焦点を当てて、自分の足でここにたってることとか、

今すぐそばにある地域のこと、

無意識にくだらないと思っていた自分のこと、

外に答えをもとめずに、一番寂しがってる自分が知ることなんだと実感する。

 

思考に頼らず、感覚も信じること。

自分ならできると自信をもつこと。

これから先の未来が、ちゃんと自分の思う通りになることも。

他人と比較せず、自分を追求すればいいんだって、思っては、よそをみて焦り、

うらやましがり、自分には「ない」と見つからないの世界に戻ろうとする。

 

十分事足りていて、

必要なことしか周りにないんだって、

怒る旦那も、親の言うこと聞かない息子も、多くのことが2番手になってしまう次男のことも、

必要なことで、変える必要もない。

長い目で見たときの今日、

今この瞬間にしかない今日、

どちらも大切。

 

じゃあ、私はなにしたらいいの?って

それはもう、感覚を信じて、素直に自分の声を聴いて動くだけ。

自分の思い通りにはならないし、お姫様にはなれないけど、

男の子になる必要もなくて、

自分の世界を楽しめばいいし、その世界に共感する人は、追いかけたり探したりしなくても、見つけてくれる時に私もみつけるんだろうな。

 

ハッピーバースデー37

ラッキーは自分が手繰り寄せる

3月後半から6月中旬まで、いろっいろありました!

まとめて書こうと思ってるんですが、今日は、その積み重ねがあってこそのあらたな発見をしたので、とりいそぎ。


主人の好きなことに家族が入ることでしか、家族共通の楽しい思い出をつくる道はない!

拒否していたサッカーを、私なりに楽しむことが、最短。

私なりに、自ら、楽しむというのがポイント。


保護者のグループLINEも抜けていたのですが、再度入ることにして、今日は活動日。

息子は休会でいない中、コーチである主人についていってそばの公園で楽しんだ後、合流する予定。


だから、今日は、久しぶりについてきていたんです。

そしたら、手続きで免許証がないことに気づき、私が運転することになりました。

(いつもついていってなかったのに、今日たまたま一緒に出てたから変わることができた!ラッキー!)


向かう途中、主人はいらついてました。

右折する車のせいで、後ろが進まない、一秒でも早く行きたいのに、こんな日にこんな時間でここで右折するなんて空気読まれへんと、怒ってました。

以前の私なら、そんなことを言う主人を責めました。

でも、今日は、ひと呼吸おくことができました。気を抜いて言葉を、かけたので、ケンカになりませんでした。


諸用によったとき、車を降りて扉を開ける主人を見て、息子が「お父さん、かっこいい〜!」と言ったのです。

嬉しい瞬間でした。

私がけなさなければ、自然と、かっこいい姿を見つけるもんなんだ!



バタン!!!!!

思いっきり車の、ドアを締めた主人。急いでるので、力まかせ。

以前の私なら、もっと優しくしめてよ!と怒りました。

「そんな強く締めたら、大事な車がお腹こわすよ〜」と、ゆるーくつぶやけたんです。

無視されましたが喧嘩にはなりませんでした。


目的地につくと、到着時間が大幅に早かったんです。いそいでたのに!

一番乗りです。

ラッキーです。

少し子どもとあそんでくれるかな?

と思ったので、提案したらいらつかれました。次の予定が気になるのです。


だから、安心して遊べるすぐそばの草むらを歩きました。

そしたら、気持ちも落ち着いてきたようで、息子とおしゃべりしてくれました。


私もその光景に満足しました。


そこについたときに駐車場を探したんですが、ゆとり持ってつけてたので、ぐるっと駐車場を探すことができて、いつもより安く止めれました。


さらに、散歩中により安いところを見つけられてラッキーでした。



私の責任は、ここまで。

相手は変わらない。

ふーん、そう思うんだ。私とは考え方違うけど、ま、どーでもいいわー。

と、線を引く。


これが、そっけなく寂しいように見えて、実は私の夢、家族楽しく、を叶えるに、いい方法なのでした。


コツを掴んでいきたい。


足るを知る

この言葉が体の芯にまで落ちた気がした今朝。

家族の病気にかかる自費費用。

わりと、すんと受け止められて、ありがたく現金でお支払しようかなとおもってます。


必要なお金は十分にある。


今ないものをねだらなくていい。


稼がなければならないと、収入を無理に増やそうとしなくても、生活はちゃんと回る。


ちょうど病気がわかるタイミングで、先進医療の対象から外れたそうで…

すごいタイミングじゃないですか。

無料でできたらそれはそれでうれしきったけど、そうではなくて、身をそいで払う経験が今必要なんだろうと思う。


私が発する言葉も断然かわってきた。

家族にも影響してるはずだ。

ピンクムーン

観葉植物のお世話でふと外に出ると、はっとするほどの月が。

ピンク!って、はっきりわかるほどで、この世のものではないような、迫力、存在感、大きくて、目に飛び込んでくるような。


夜の散歩にすぐ後ででたら、もう、オレンジ色に変わってました。太陽のような月。

暗いのに昼間のような。


すごいタイミングでみれました。

友達に手作りプレゼントをドアノブに、かけに行くところで。


これからの可能性がわくわくする夜でした、

見えないことが怖い という気付き

目が悪いので、まぁ、見たくないものがあるから という説もありますね。

小さなころ、5ミリ四方くらいの小さな動物を書くのが好きだった私は、

画用紙と、目の感覚がどんどん近くなり、目が悪くなったと思っています。

 

小さなものが好きだったんですね。

折り紙も、小学生のころ1センチ四方で鶴を折っていました。

 

ふと、考えました。

目に見えない世界も好きだと。

花の中に妖精が住んでると思っていたし、会いたいと思っていた。

雲をなにかに見立てるのが好きだった。

妄想するのが好き。(目にしたことから物語を作ったり)

 

ならば、見えないものを見たい気持ちもあるんだと。

でも、見えないものが見えたら実際どうだろうと。

たぶん、怖いと思うんです。

 

実際に、空想の物語が目の前の事実になったら…ちょっとこわい。

 

暗闇が怖いとかとはまたちがう。

逃げられないとか、巻き込まれるとか、、いう怖さのほうがちかいのかなー。

 

お金をいただくことへの抵抗とともに、

見たいのに見たら怖いという感覚も、次の課題だなー。

崩れた後の再生

JUGEMテーマ:こころ

 

 

子育ては悩みが尽きないもので。

失敗も尽きないものです。

 

話し合って、改善がみられても、親子二人以外には、その成長や変化は伝わりにくいもの。

 

夫婦も、お互いの個性があり

自分の取り扱い方もわかっていなかったり、

タイミングっていうのもある。

 

一生懸命やって、必死で、いっぱいいっぱいになってるところに、良かれと思って、水を注がれると、

はぐくむ優しい水は、土砂降りの冷たい雨になる。

 

ママ友に支えられて、共感してもらい、かわりに怒ってくれて。

周りに助けられる。

自分で自分を助けられるようになりたい。

 

線引きをすることにした。

もう、できない。やらない。家族の責任は、私がとらなくてもいい。

個人の責任を、自分が何とかしなくていい。

 

やらないよって。

無理だとつっぱねることで、家族が代わりにすることになる。

やってくれたことに感謝できて、お茶を入れてあげたり、感謝を伝えると、喜んでもらえた。

 

自分がやってたら、不満しかないことが、

自分が怠けたら、喜んでもらえたのだ。

 

不思議なものだ。

 

全部が全部説明しなくてもいい、演じればいい、交わせばいい。愛嬌で受け流してうまくやる。

そんなアドバイスをもらって、分かり合えない寂しさと、説明しなければいけないわずらわしさに、愕然とした。

 

突然の主人の体の不調に、夫婦の話し合う機会ができ、

伝えなければ伝わらないし、伝えてくれたらわかるといってもらえたことが、一つステップになっていた。

神社でのおみくじで、お互いに完璧にはなりえないから、不足なところは、ほかで満たせばいいと、友達や仲間に力を借りたらいいのではないかと自分の思いを伝えることができた。

察してほしい、当然わかるだろう ということは、私たち夫婦にはあてはまらないこと。

 

まずは、怒らせないこと。

すると自分が楽になること。

それは、自分を否定することではないということ。

自分のために、怒らせないようにする。

そのためには、自分を整えること。フーンですませられる、自分の心に余裕を持っておくこと。

そのためには、楽しいことをしてすごすこと。

がんばりすぎないこと。

楽なことを選び、楽しいことをして、自分の思いをため込まず伝えること。雑談を楽しみ、仲間をつくること。

夫婦に頼りすぎなこと。

すると、とても心が楽になるということ。

 

こうしたほうがいいという考えも、伝えるところまで。するかしないかは、相手が選ぶのだ。

だから、そこに自分に責任を感じなくてもよい。

 

今やりたいことは

気が向いたときに、書きたいものを書く。

主婦の愚痴 すごろく(人生ゲーム風)を作成

息子が考えたカードゲームを形にすること。

産まれた頃住んでいた場所を歩く

ちょうど家族の用事で近くまで行ったので、歩いてみることにした。

近くて気になっていはいたものの、なんとなく道が細そうとか、わからないとか、

いけないままでいた場所。

 

母が言うには、近くの神社や河川敷によくいったとのことだったので、そのあたりを歩いてみた。

 

立派な鳥居があって、思った以上に近くて驚いた。

神社に入って手を清めると、

手を拭いて歩き出そうとすると、カラスが勢いよくこちらに向かってきたと思ったら、上空で方向を変えて、左側へ。

すぐそばにあった社務所にとまった。

 

思わず、声をあげるほどの勢いで、

とてもきれいだと思った。

じっとみたら、つつかれると思って、目をそらした。

でも、近所で見るカラスとはちがって、なんとなく品があるというか、美しいような…

こわいとか、汚いとかいう印象は不思議となかった。

 

神社では、強く祈った。何度も繰り返した。

お助けください。お導きください。

名前、これからおみくじを引くこと、必要なメッセージをいただけますようにと。

 

祈っている間、ハトが屋根にとまり、泣き始めた。

くぅっくうっく〜 くうっくうっくぅ〜 といった感じ。

え?はと?めっちゃ鳴くやん。と思いながら、なつかしい気持ちになった。

 

中学まで住んでいたところでよく聞いていたからだ。

休みの日、窓際の机に座っていると、よく聞こえてた。ハトの鳴き声だと知ったのは、だいぶ大きくなってからだった。

 

そんなことを思い出しながら、祈って、おみくじを引いた。

 

 

夫婦のことだとまっさきに思った。

夜、主人におみくじの写真を見せると、同じように思ったとのこと。

 

でも、注目したポイントはちがくって。

選ぶのも決めるのもあなた という言葉にピンと来たのが私。

復縁の兆しが芽生えています。に注目したのが主人。

 

昨夜は、その差を埋める話ができたのは、とてもよかったと思う。

 

話は散歩にもどる。

近くの公園にも行った。

きっと、母が抱っこしたり、ベビーカーにのせて、連れて行ってくれたのだろうとか。

この風景を36年前もみていたんだろうなとか。

神社の境内には、なでる牛の像や、奥まったところに、小さな鳥居があり、その奥には龍の飾りがついた小さなたてものもあって。

大きなご神木は、根が入り組んで、トトロに会いに行けそうだった。

この木も、きっと母と、父と、兄と見たんだろうと。

 

近くの河川敷では、写真で見たことのある風景が広がっていて、ここだ、と思った。

この土地に歓迎されているようで、うれしかった。

住宅街には、研修所建設反対!といった旗が建てられ物々しい雰囲気もあったが、

静かで、鳥の声がよく聞こえて、ホトトギスも鳴いていた。

 

自宅が、音が多すぎると改めて感じた。

大通りの騒音や、食洗器や冷蔵庫などの電化製品。

 

ほっとできる場所で、体の空気が入れ替わったような気分。

 

また、行きたいなと思う。

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「離婚したい」=「大事にしてほしい」って拗ねてるだけ

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「拗ねてた」っていう言葉が、とてもかわいくて、すっと自分にしみ込んだ。

ヒントになったブログは、鈴木りほさん↓

https://ameblo.jp/19941009ri/entry-12564326037.html?frm=theme

 

 

自分の思いが相手に伝わらなかったときに、だいたい、ぷつんとすべてを手放したくなります。

最後のとどめのように。

でも、結局、つなぎなおす。

 

もういや!!って思うのは、どんな私でも、こんな一面があるんだなって知ってほしい。っていうこと。

もう無理。自分でやって。って突っぱねるのは、私のこと大事にしてよ。っていうこと。

パートナーの趣味に腹が立って大嫌いなのは、あなたが大好きだということ。

相手がしてくれたことを信用できないのは、それだけ私が愛してほしいと思ってるってこと。

 

そうやって、極度に、超!拗ねまくって、悲劇のヒロインになる。

 

「私があなたの趣味が大っ嫌いっていってるのは、大好きってことやで」って、

やっとやっと、伝えられた。

完全なる敗北、やってみた。

 

今までも、違う言葉で伝えてきてたけど、

これ、全然伝わってなかった。

やっぱり、ちゃんと、言葉で的確に伝えないと、伝わらないんだな。

こうゆうこと言ってるんだなって、ふわっと想像してはくれない。

恥ずかしくても、悔しくても、自分のために、家や家族は、心地よく私の絶対的味方でいてほしい。

いいところも悪いところ知って、それぞれが自立するワンチームにする。

 

家族を愛で満たして安心して冒険に行けるようにするのは、妻・母である私の役割。

それを私もしたいと思ってる。

今は、それしかできない。

今、できることを、する。

カサンドラからの卒業

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昨日、主人と話ができた。

 

目を合わせたくない、常に否定する、信頼していない、してくれたことも本当にしてくれたのか裏を取る、

LINEで長文の主張をたたくように送りあう、夫婦のイライラのせいで子どもが強く怒られすぎてしまう、

友達に愚痴りまくる、恐怖、不安、心配、不信感、自責・・・

 

それはもう、離婚カウントダウンというか、お金がないという現実と、子どもがどう思うかなということ、親の失望した顔を想像し、つなぎとめていた夫婦関係だったと思う。

 

 

コロナのことがあって土日フルで入っていた父、長男の予定が消えて、

長男が熱で一週間、家の中で隔離されて学んだ「日常のありがたみ」「さみしい」「家族と食事したい」「お母さん…」

の思いを聞けたこと、

主人が一週間仕事の休暇を取れて、ゆっくりできたこと

義母がちょくちょく顔を出して、主人も、長男も安心できたこと

(私も仕事に行きながら、義母に家のことをお願いせずとも頼れたこと)

 

いろんな、ゆとりが重なって

 

私が夢を探そう、なにかやりたいことを行動にうつそう、

と思ってるのにずっとずっと踏み出せていないのは、

家族に内緒で、一人で進めない

誰かそばに伴走してほしい

応援されたい

揺るがない絆

安心感

ひとりじゃなくて誰かと

たとえそれで自分がうまくいいったとしても、家族が気になってしょうがない

上がるなら一緒に

 

あ、私が自己実現、自己表現していくためには、

家族っていう基盤が固まってないとだめだ。

一人だけたのしくなろうとしても引き戻される。

みんな一緒にだ。

 

って、思った。

 

そしたらまずやらなきゃいけないのは、自分の思いを主人に伝えること。

さんざんののしられてきたけど、それでもできることなら、この家族がうまくいくといいな。

それが、私の本心だった。

 

過去のことは伝えず(言い合いになって進まないから)

今の気持ち、

未来に向かってどうしたいのか、

伝えました。

 

お互いが、一人の人間として整っている時期であったことと、

孤独や不安を感じていて、寄り添いたかった時期がかさなっていたのもよかったのだろう。

 

普通に会話ができた。

 

これ、うちにとってはすごいことで。

主人のやりたいことの話も聞いてみた。

背中を少し押すことができた。

主人がどうせ とあきらめていたことを、私のために応援しようと思った。

 

次男が殻を破り、

長男がすでにある羽をはばたかせはじめたら、

最後にやっと、私がスタートできる。

最後だけど、最初。私が一番にスタートをきる。

家族の応援がしたい。それが、私の今やりたいことだから。

家族が笑顔で自由に飛び出した姿を想像すると、わくわくする。

それが、みたい。

 

こころから湧き上がるモチベーション。

すべては、自分のために。

 

こどもに、「お父さんと、お母さん、仲直りしたからね」と、こそっと伝えました。

じっと、観察する長男。

(ふ〜ん、そ♪)と、あっさり自分のご飯を食べ始める次男。

 

お待たせ。長いこと、我慢させてごめん。

 

あ、やっぱり、どんなことも親が先。

これも、あてはまるんだなー。

私はかわいくなっちゃだめ?!

とてもかわいらしい理帆さんという方と出会いました。

 

そこで、自分にブロックかけて否定してきてたことに気付いたので書きます。

 

幼稚園の頃はまだ自由だったかなって思う。

お気に入りのワンピースを着たおしたり、まだ自分軸でいきていたような気がする。

この時からすでに男の子は苦手。

話しかけられるとドキドキするし、不安だし、恐怖感があるというか、男友達はほぼいなかったんじゃないかな。

習い事で一緒になった男の子が数人いて、顔見知りで、声をかけたものの、

たぶん言い方がまずかったのか、そっけない態度をとられ、失敗した…という思いを覚えてる、

 

小学校はいって、男の子と手をつないで入学式あるくものすごく嫌で。

席が男女交互に、隣が男の子だったのも嫌で。

目つきが悪い私は、みんなみたいにかわいくなれないって引け目もあって。

たぶんこのころから視力も落ちてたのかな。

 

小4から、分厚い眼鏡をかけざるを得なくなり、猫背になり、目つきはさらに悪く、笑い方もすでに、への字口で完成していた。

人気の女の子にあこがれて、自分にできることを探してたように思う。

絵が褒められたら、もっと上手になって喜んでもらいたい。

やさしいねっていわれたら、みんなが嫌がることを、代わりにやってあげるようになる。

 

私にかまってくる男の子もいたけれど、周りの視線がこわくて、仲良くなれず、きつい言い方をしていたと思う。

もっと男の子とも仲良く話したかった。

一緒に遊びたかった。

でも、入れなかった。女の子だから入ってはだめだと思ってた。

 

痴漢にあったときは、おしりをさわられたことを大人に言えなかった。

一緒にいたサバっとした女の子が状況を説明してくれていて、私は一言二言、同意しただけだった。

母に、また心配かけて、どうしたらいいのよ と思われてやしないかと不安だった。

 

中学に入るとますます、異性と話せなくなった。

心臓がバクバクして、上手に話せない。声がでない。顔が赤くなる。

 

心配かけちゃいけない。自分のことは自分でしないと。勉強も部活も。

嫌いな子からも好かれたい。陰で頑張りをアピールするものの伝えない。

 

同じ部活・クラスで仲良しグループで過ごしていた女の子の一人が、長年片思いしていた男の子と付き合うことになった。

私には喜んでほしいと、伝えてきて、怒れなかった。偽って喜んで、幸せな話を喜んで聞いているふりをしながら、傷ついた。

告白はしていて、ふられてはいなかった。この女の子と付き合うために、私の初恋の人は、大勢の友達の前で、私を正式にふった。2年越しの返事だった。

 

自分の思いは届かない。

私は好かれない。

 

高校になると、明るいグループからは遠ざかり、真面目をつらぬいた。

環境も否定して楽しむこともあきらめ始めていた。

つらいことを知らぬ間に臨み、恋をしたかどうかも覚えていない。

 

大学で、話しかけてくれるサークルの先輩たちのおかげで、異性とも話ができるように。

自分の否定からは卒業できず。

恋もかなわなかった。きっと妹のようには思ってくれていたと思う。

 

「誰でもいいから付き合ってくれないかな」と友達に愚痴をこぼし、否定された。

やっと、mixiを通じて、文字のやり取りから、彼氏ができたのが、20歳のときだ。

断られない確信のもと、告白してくれたそう。

 

もうこの人を逃したら結婚できない。

25で結婚。

子どもができないかもしれない。

26で出産。

 

その後、数々の夫婦喧嘩があり、

35歳病気発症。

このころ、楽しいことが思いつかず、たまに笑えた時は、SNSで発信するほどのことだった。

病気になって、(やっと休める)とほっとして、

体を傷つけ、一応完治し、

今も、自分見つめを続ける。

 

女性性を取り戻すことは私の課題。

かっこいい自分も残したい。

 

でも、男性から愛される女性になることが、私の人生に彩を与えるのだと感じている。